介護用加工食品の生い立ちについては、1980年代の中旬ごろ昭和59(1984)年にさかのぼります。
経口で食事が摂取できない患者への対応としては経管流動食がすでに存在していましたが、病院や老人ホームなどでは、これら患者や対象者の摂食状況回復に合わせて、経口用の食事を個々のケースを見ながら調整・調理してきました。このような状況の中、安定した品質や栄養面、衛生性をもった食事供給についての要望が高まったことから、これら要件をクリアできるという点で、介護用加工食品が徐々に求められるようになったのが始まりです。
90年代に入ると、とろみ調整食品が開発・上市され始め(平成3(1991)年)、同年代後半からはレトルトパウチタイプの市販用介護食品が登場しています(平成10(1998)年)。
平成12(2000)年に入ると、国の進める高齢者保健福祉政策の一環として介護保険制度が施行されましたが、これを機として、介護用加工食品市場へ参入する企業が相次ぎました。
当時の状況をみると、各メーカーが独自の考え方で商品を開発しており、今後の高齢者人口増加を見込んだ上での「介護食」という一つの分野であるにも関わらず、コンセプトは統一感のないばらついたものとなっていました。一方、厚生労働省は平成6(1994)年に高齢者用食品の表示許可の取り扱いについて定めていますが、これは明らかな「病者向け」であり、加工食品業界が考える一般用食品としての「介護食品」とは考え方を隔していました。
このような背景の中、消費者に混乱を与えないためにも、業界が主体となって自主規格を策定する必要性が急務となったのです。
このような介護食品に対する機運の高まりの中、平成12(2000)年10月、日本缶詰協会の呼び掛けにより、「介護食のGMPガイドライン策定のための打合せ会」が介護食品企業に対して招集されました(伊藤ハム(株)、キユーピー(株) 、ホリカフーズ(株) 、明治乳業(株) 、和光堂(株)の5社。第9回目より亀田製菓(株)が新たに参加)。
同打合せ会は、今後の介護食品需要と、利用者の利便性、提供者の信頼性確保について、当初はGMPを策定する形で達成していくことを目的として開催されました。この会議の結果、「業界団体(介護食品協議会(仮称))設立」と「自主規格策定(介護食区分の検討含む)」の2軸が介護食品業界の意向として早々に打ち出され、第2回目以降は「介護食品協議会(仮称)設立ワーキンググループ」と名称を変更し、これを目的として平成13(2001)年6月までの8か月間で9回開催され(当初の「打合せ会」を含む)、検討を重ねていくこととなりました。
ワーキンググループでは、検討事項の優先順位として、「介護食の区分」がまず取り上げられました。段階的な食事として参考の対象になったのはベビーフードでしたが、ベビーフードは「離乳準備期」から「離乳完了期」までの5つに区分されており、介護食品の区分についても5段階の案(「区分1(軽度)〜区分5(重度)」)が設定されました。以降、これをたたき台に区分の検討が進められたのですが、参加各社の考え方から実際には、6段階、4段階、3段階等複数の案が提示された。中にはそしゃくと嚥下状態のマトリックス表示で16通りの区分を示す案もありました。これらをふまえ、最終的には「消費者がわかりやすい」ことが第1になるよう、「大きさ」、「かたさ」、「とろみ(粘度)」に配慮した4区分の案が採用されることとなりました。
まず、「JCA ニュース」(No.1693(平成13(2001)年3月21日)缶詰協会発行)にて発表され、その後当面の間は「やわらか食」という名称で報道されることとなりました。
この後、18社が参集して平成13(2001)年9月12日に立ち上がった日本介護食品協議会設立準備委員会にて区分の考え方について共有が図られました。
報道された「介護食区分表」
I | II | III | IV | |
---|---|---|---|---|
かむ力・飲み込む力の目安 | かたいものや大きいものはやや食べづらい | かたいものや大きいものは食べづらい | 細かくやわらかければ食べられる | 固形物は小さくても食べづらい |
普通に飲み込める | ものによては飲み込みづらいことがある | 水やお茶を飲み込みづらいことがある | 水やお茶を飲み込みづらい | |
形状 | 容易にかめる | 歯ぐきでつぶせる | 舌でつぶせる | かまなくてよい |
食品形態の目安 | 普通の米飯〜軟飯 | 軟飯〜かゆ | かゆ | ミキサーがゆ |
豚の角煮 | 煮込みハンバーグ | テリーヌ | レバーペースト | |
焼き魚 | 煮魚 | はんぺん煮 | ムース | |
目玉焼き | 厚焼き卵 | 温泉卵 | やわらかプリン | |
にんじんの煮物 | にんじんのグラッセ | にんじんのおろし煮 | にんじんのペースト | |
バナナ | バナナ | カットバナナ | バナナピューレ | |
リンゴ一口大 | リンゴ煮 | リンゴすり下ろし | リンゴピューレ |
以下に、ワーキンググループが平成14(2002)年1月10日付で介護食品の区分を設定するまでの経緯をまとめます。
(1)介護食のGMPガイドライン策定打合会
開催日: | 平成12(2000)年10月 |
---|---|
主 催: | 日本缶詰協会 |
参 加: | 伊藤ハム(株)、キユーピー(株)、ホリカフーズ(株)、 明治乳業(株) 、和光堂(株) |
討議内容:日本缶詰協会策定の「介護食のGMP ガイドライン」(案)
- ①骨子、運用方法について意見交換。
区分に関する審議内容:
- ①ガイドラインの項目として「介護食の区分」記載。
決定事項:
- ①「介護食のGMP ガイドライン策定」(案)の主旨に合意しワーキンググループを発足させる。
(2)第2回ワーキンググループ会議
開催日: | 平成12(2000)年11月 |
---|---|
参 加: | 日本缶詰協会、伊藤ハム(株)、キユーピー(株)、ホリカフーズ(株) 、 明治乳業(株)、和光堂(株) |
討議内容:「介護食のGMP ガイドライン」(案)についての審議
- ①GMPの必要性
- ②将来的に介護食品協議会等の組織構築を検討する。
区分に関する審議内容:
- ①利用者にわかりやすい統一した区分表を作成すること。
各社が現在利用している区分表が異なるため選ぶ際不親切であり区分の統一化を図る必要があり、これは大切な問題との共通認識を持つ。ベビーフードの月齢表示のような消費者にわかりやすい統一された区分表示が必要である。 - ②目指す介護食品の範囲は、ユニバーサル食品である。
介護する側にも配慮しつつ嚥下困難者や咀嚼困難者のみでなく視力困難者なども含む。更に、全く軽度な方や健康な方にも利用できるユニバーサル食品である。 - ③特別用途食品の高齢者用食品の範囲もオーバーラップする。日本ベビーフード協議会が策定する自主規格の月齢に応じた段階設定も参考にできる。
- ④各専門家の作成する区分表もそれぞれ異なるため参考にするが、特定の専門家の指導を受けにくい。
決定事項:「介護食のGMP ガイドライン」(案)についての審議
- ①仮称「介護食協議会」の自主規格、規格基準策定の方法論を主体に検討。
- ②介護食区分の検討を行う。4ないし5段階で内容を記載。
(3)第3回〜第9回ワーキンググループ会議(区分表作成に関する経緯)
開催日: | 平成12(2000)年12月〜平成13(2001)年6月 |
---|---|
参 加: | 日本缶詰協会、伊藤ハム(株)、キユーピー(株)、ホリカフーズ(株)、 明治乳業(株)、和光堂(株)、亀田製菓(株) |
討議内容:「介護食の区分案」についての各社案の発表、討議、意見交換を行った。
決定事項:各社討議後下記の区分第一案を作成した。
区分第1案
I | II | III | IV | |
---|---|---|---|---|
症状 | 正常及び軽症 ほとんど介助無し、もしくは部分介助 |
比較的軽症 部分介助 |
中程度の障害 部分介助 |
重症 全介助 |
食事形態 | 主食/普通のご飯又は軟飯 おかず/ |
主食/軟飯 おかず/刻み、みじん切り、つぶし |
主食/全粥 おかず/つぶし、ごく刻み |
主食/7分粥 おかず/ミキサー食中心に一部ペースト |
形状 | 歯又は歯茎で噛める (とろみあり) |
歯茎でつぶせる (とろみあり) |
舌でつぶせる、やわらかめ (とろみあり) |
とろとろ状、噛まなくてもよい |
区分第1案の問題点:
- ①症状の表現が全身の状態を表現しているが、食事についての状態と必ずしも一致しない。
- ②食事の形態については、より具体的にわかりやすいものに変更する。
- ③形状表現は、わかりやすく簡潔にするため一部高齢者に利用実績のあるベビーフードの指針や高齢者用食品等で利用されている一般的な言葉に変更する。
区分第2案
I | II | III | IV | |
---|---|---|---|---|
かむ力の目安 | 固いものや大きいものはやや食べづらい | 固いものや大きいものは食べづらい | 細かくまたは軟らかければ食べられる | 形があるものは食べづらい |
飲み込む力の目安 | 普通に飲み込める | 物によっては飲み込みづらい時がある | 水やお茶を飲む時むせる事がある | 水やお茶を飲むとむせる |
形状 | 歯で容易にかめる | 歯茎でつぶせる | 舌でつぶせる | 噛まなくてもよい |
堅さ(N/㎡) | 全体を測定して5×105以下(目安) | 全体を測定して5×104以下(目安) | 全体を測定して1×104以下(目安) | 全体を測定して5×103以下(目安) |
粘度(cps) | - | 1.5×103以上 |
食事の形態の例作成にはさらに時間が必要なため継続審議となった。堅さ、粘度等も検討の必要あり。
(4)日本介護食品協議会設立準備委員会
ワーキンググループから更に公募し日本介護食品協議会設立を目指し準備委員会を立ち上げた。
開催日: | 平成13(2001)年9月〜平成14(2002)年2月(第1回〜第4回) |
---|---|
参 加: | (株)葵フーズディナーズ、伊藤ハム(株)、岩手缶詰(株)、江崎グリコ(株)、亀田製菓(株)、キユーピー(株)、武田食品工業(株)、東洋製罐(株)、(株)ニチロ、日東ベスト(株)、日本ハム(株)、日本山村硝子(株)、ホリカフーズ(株)、明治乳業(株)、山一商事(株)、雪印食品(株)、和光堂(株) |
ワーキンググループのこれまでの論議について広く理解を求めた。(以下要約)
- ①設立の趣旨
高齢化社会を迎え、それに対応する食品が求められている。商品も上市され新聞各紙でも取り上げられている。各社がバラバラに高齢者をメインターゲットとした商品展開を始めているが、これは消費者からみて混乱をきたす恐れがある。
例えば、介護者が重度の要介護者に対して購入した商品が、(購入時の誤解などにより)軽度の人向けの食品であったりしては、誤嚥を起こす恐れもある。
そこで、協議会として統一した目安となる基準を定めることで、消費者の誤解と混乱を避け、健康の保持・増進に寄与し、さらに、業界の健全な発達に資するものである。 - ②対象者(健常者から要介護者まで)
健常者から要介護者まで、さらに、高齢者に止まらず対象者を幅広く設定した食品である。高齢者がメインターゲットであるが、口腔内を手術された方、健常であるがいわゆる「歯が浮いた」状態で固いものが食べられない時など、幅広い場面での使用が考えられる。さらに「介護食」の持っている特長から視覚障害者の食品としても適しており、いわばユニバーサルデザイン化された食品であるとも言える。
- ③目指す食品は通常の食品(医療用食品や高齢者用食品と限定したものでも無い)
前述のとおり、目指す食品は幅広い層の人たち向けの食品であり、「機能が劣った高齢者用」と限定した食品ではない。重度な嚥下障害者における食物摂取は生命の危険と直結するため、医療現場では医師などの指導で使われることが基本であり、嚥下障害の症状に応じた食品選択は必須である。
- ④区分は消費者が商品を選択する際の目安としてわかりやすく。
咀嚼・嚥下機能が低下した状態は様々である。医療現場と異なり一般の消費者には厳密な区分の設置はわかりにくくなる恐れがあり、目安として4段階とした。
- ⑤厚生労働省 特別用途食品の高齢者用食品の許可基準について
協議会が検討している幅広い対象者向けの基準としては高齢者用食品の許可基準に合致しない。しかし、高齢者用食品として厚生労働省に認可されることを拒むものではない。
- ⑥区分は食品の状態で分類
咀嚼・嚥下機能レベルで表示するには臨床的な裏づけが必要となり、線引きが難しく、複雑になると消費者の誤解を避ける意図から外れる。あくまで、食品の状態から4区分とし、咀嚼・嚥下機能の目安と状態および食品の形態の目安を記載したものである。
我々は、医療や介護に重点の置かれたこの規格を無視するものではなく、健常者から要介護者までを含め、対象者を幅広く設定した食品の基準を考えている。従って、食品の名称も「介護食品」ではその一部を表すにすぎない。このような分野では、厚生労働省による規格基準化はなじまず、ベビーフードの場合のように業界による自主規格化が最も適した方法である。消費者の利益を第一にして進むべきである。
(5)日本介護食品協議会設立以降
以上、設立準備委員会のメンバーにより再度区分表に関する討議を重ねた。
平成14(2002)年4 月に「日本介護食品協議会」が設立され、既存の加盟各社の商品の物性の確認等を日本女子大学大越教授の協力を得て行い、現在の区分表および物性規格を作成した。また、数多く市販されているとろみ調整品も表に加えた。
ユニバーサルデザインフードのロゴマークの一般公募も行い、商標登録を経て市販品へマークと区分表示が記載されるに至る。また、ホームページ開設や日本摂食・嚥下リハビリテーション学会、国際福祉機器展等を通し協議会活動内容とユニバーサルデザインフードとその区分の普及向上に努めている。最近では、全国のマスコミ各社からの取材ばかりでなく専門書でも区分表が引用され、また地方公共団体のパンフレット等にもユニバーサルデザインフードが紹介されるケースも出てきた。
以下は平成15(2003)年6 月12日発行の「ユニバーサルデザインフード自主規格第1版」に収載したユニバーサルデザインフード区分表である。
ユニバーサルデザインフードの区分及び物性並びにとろみ調整食品の性状等
区分数値等 | 区分1 | 区分2 | 区分3 | 区分4 | とろみ調整食品 | |
---|---|---|---|---|---|---|
区分形状 | 容易にかめる | 歯ぐきでつぶせる | 舌でつぶせる | かまなくてよい | とろみ調整 | |
かむ力の目安 | かたいものや大きいものは食べづらい | ものによっては飲み込みづらいことがある | 細かくてやわらかければ食べられる | 固形物は小さくても食べづらい | - | |
飲み込む力の目安 | 普通に飲み込める | ものによっては飲み込みづらいことがある | 水やお茶が飲み込みづらいことがある | 水やお茶が飲み込みづらい | - | |
物 性 規 格 |
かたさ 上限値 N/㎡ |
5×105 | 5×104 | ゾル:1×104 ゲル:2×104 |
ゾル:3×103 ゲル:5×103 |
- |
粘度 下限値 mpa・s |
- | - | ゾル:1500 | ゾル:1500 | - | |
性状等 | - | - | ゲルについては著しい離水がないこと。 固形物を含む場合はその固形物は舌でつぶせる程度にやわらかいこと。 |
ゲルについては著しい離水がないこと。 固形物を含まない均質な状態であること。 |
食物に添加することにより、あるいは溶解水量によって区分1〜4に該当する物性に調整することができること。 |